1980年7月6日。
当時、僕は4歳だった。
それは、七夕の前日。
近所の友達、よし君と自宅の近所で夕方頃、一緒に遊んでいた。
母親たちは、すぐ側で自転車を止め、なにやら話しをしていた。
僕とよし君は、母親たちから離れて、ボール遊びをしていた。
バスケのようにビーチボール地面にバウンドさせながら、取り合いをしていた。
よし君の方が足が速い。
私は、彼の背中を追いかけていた。
交差点に差し掛かった時、その出来事は突然起こった。
交差点で私は角でピタリと止まった。
母から、絶対に角で飛び出すなとくどいように言われていたからだ。
僕が角で止まった直後だった。
僕より先に飛び出してしまったよし君が、
左方向からやって来た車と衝突。車の下敷きになった。
全てが一瞬の出来事だったが、
今でもスローモーションで思い出せるほど鮮明に覚えている。
よし君は、仰向けになり、全身血だらけになっていた。
顔も血で一杯。赤く染まっていた。
暫くの沈黙。何秒後だったのだろうか。
彼が「ワー」っと、大声で泣き出したことを覚えている。
その後、救急車がやって来て、彼は運ばれていった。
その後のことは、詳しく聞いていないが、彼は間もなく亡くなったと聞いた。
何が何だか分からなかったけど、とにかく悲しかった。
目の前で、無残にも散った友達の命。4歳の私には、きつすぎる体験だった。
「よし君のためにも、一生懸命生きなさい」
と、母親が言った。
一瞬で別れた生と死。
私があの時、命を落としていてもおかしくなかった。
以来、彼のためにも一生懸命生きよう。
この命を無駄にすることなく、社会に役立てよう。
そんなことを、どこかで思ってきた。
運命のいたずらだろうか。
僕がガザ地区で出会った少年が、目の前で叔母さんが殺されたのも4歳だった。
残念にも、彼には憎しみが残ってしまった。
彼のように子どもらしくない夢を抱いてしまう子どもを増やしてはいけない。
もう、悲しみも憎しみもいらない。
戦争も紛争もいらない。
平和で、誰もが幸せを分かち合える世界を創らなければいけない。
実家の側の、交差点。
そこに今もある冷たいマンホールを見る度に、
今も、君のことを想うよ、ヨシくん。
Peace.
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